わたさきの徒然日記

徒然なるままに日暮スマホに向かいて

語り繋ぐこと

今日も見にきてくれてありがとうございます。
阪神・淡路大震災から、今日で26年。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして被災された方々へお見舞い申し上げます。

当時4歳。
都内に住んでいた私にとって、それはテレビの中の出来事だったと思います。
そう。思います。
私自身、当時の記憶は申し訳ないけどないのです。
社会の授業や、追悼番組、関西出身の友人が出来たことでやっと認識したことでした。



救命病棟24時』のドラマで、震災が起きるシリーズがあって。
それはドラマの中だったけど、日本がこうなるんだ、と。
戦争とは違う、自然の力の恐ろしさを初めて感じました。
その中で今でも忘れられないのが、消防士の方のお話しと、神戸の震災直後の写真と10年後の同じ場所の写真でした。
結構前の作品だけど、今でもめちゃくちゃ記憶に残ってて。
なんか、凄いガツーンときたんですよね。
こういうことだったんだ、と改めて自分の目で見て感じたというか。
ドラマなんです。
ドラマなんですけど、今みたいに携帯でそれこそYouTubeとかTwitterとかSNSで現場の映像バンバン見たり出来ず、想像しか出来なかった当時の私にとっては、こういう景色だったんだろうなと、とにかく衝撃を受けた映像だったのを今でも覚えてます。



戦争も、震災も、津波も、豪雨も、台風も。
思い出したくもないことを、忘れたい記憶を人に話すって本当にキツいじゃないですか。
それでもどうにか伝えてくれる人がいるから、その後に繋げる。
その経験をまた別の人が生かしていけるんだなぁと。

防災セットが家にあります。
東日本大震災がなければ、すぐ取り出せる場所にそれらが揃うことはなかったと思います。
出来ることならば使わずにいたいけど、これからも賞味期限とか確認しつつ置いておきたいと思います。

そんな東日本大震災の時、阪神・淡路大震災を経験した人達が注意することやこうしたらいいよ!みたいな事を書いているのを本当に沢山見ました。そしてそこには助かりました!のようなお礼のコメントが溢れていました。



そしてそれは、きっと今の状況も一緒で。
コロナという人類が初めて出会ったウィルスとの闘いをしっかり記録していけば、いつか役に立つ日がくるかもしれない。

実際に『匂いや味覚がなくなった』という感染した人の報告があったおかげで異変に気づけた人がきっといて。

コロナでホテルや病院に泊まることになった人が、『必要だったものリスト』を上げてくれていたから自分の入院生活が助かった人もきっといて。


特に今はこうして1人1人が好きに文字を残せる。
だからこそ、前も書いたけど情報の取捨選択が大変になることもあるかもしれないけど。
それでも残すことに意義がある気がしています。

だって例えば、実際体験してない私がどんなに震災について語っても、説得力ないじゃないですか。
自粛期間の大変さは説得力あるかもしれないけど、コロナにかかっての大変さなんて書けるわけないじゃないですか。
体験したことがある人にしか書けない事が、伝えられない事があると思うんです。
後世に語り繋ぐためにも。




私の親知らずブログもいつか誰かの役に立つといいなぁ。
一気に規模がショボくなりましたがいよいよ今週末、左親知らずとのバトル開始です。
がんばります。
おしまいっ!!